昨日書いた、部活の友人のブログをくまなく読んで思ったことは、皆なんだかんだで部活とラクロスが好きなんだなぁということ。みんな口では嫌だ嫌だといいながら、楽しくやってるのか。そうなんだ。私はやっぱり違うな、っていう違和感がポトリ。
 私は、生活におけるラクロスの比重が少ない。時間的なことじゃなくて、精神的に。自分から意識的にそうしている。私の日常をひとつの世界だと例えたら、その世界の根底にあるものはバスケだ。次にダンス。このふたつはもう7年以上前から変わっていないし、これからもきっと変わらない。このふたつでできた大きな地面があって、その上に学校生活やらバイト(辞めたけど)やら色恋沙汰(今ないけど)やらがある。例えるなら木とか川とか山とか家とか。部活(ラクロス)もその中のひとつ。その中では、まぁ少しは大きい方かな、という感じ。時間的に言えば一日の約1/3を部活に割いているが、日々の中でどれくらいラクロスのことを考えているかと言ったら、練習中を除けばその前後15分くらい。でもこれは、ラクロスについてを蔑ろに考えているのではなく、全体のバランスを見れば比重が少ないということだ。ラクロスのことを考えている時は、ちゃんと真剣に考えている。ただ、この世界のバランスを、私はとても気に入っている。バスケとダンスを何よりも大切にする自分が好きなので、ラクロスはただの生活の一部分、と捉える自分でいたい。
 書いてたらすっきりした。ふむ。確かに周りの友人とは違うけれど、そんなことは関係ない。やっぱり、他人との違いとか、他人の目とかを気にするといいことないな。これからも自分の世界を大事にして暮らしていこう。
 あぁ、あと、友人のブログの感想として、しつこいけどもう一つ。安田さん(id:asterism)がよく、「言わないことが考えてないことだと思うなよ」って書いてたけど、それと同時に私は、言ったことをそのままの意味で鵜呑みにするなよ、と思った。簡単に言えば、勘違いするなよ、ということか。けれど、これ銀色さんの本に書いてあったんだけど、人は無意識にうちに、プラスの勘違いもしている。勘違いする方にとってもされる方にとっても、プラスの勘違いならばプラスの効果が生まれる。マイナスの勘違いはプラスの勘違いよりも表面に出やすくて目立つから、カチーンと来がちだけど、きっと知らず知らずの内にプラマイゼロになっているに違いない。だからこうやって時々マイナスの勘違いに目が留まっても、気にしないようにしよう。